優れた性能だけが魅力ではない。雫石の自然から発想を得たムーブメント
その名が示すように、本作が搭載するのは3万6000振動/時(10振動)の手巻きムーブメント。約50年ぶりになるという10振動の手巻きCal.9SA4だ。これは2020年に登場した自動巻きのCal.9SA5をベースに開発されたムーブメントで、動力ぜんまいからの動力を効率よく調速機構に伝えるデュアルインパルス脱進機、安定した精度を長期にわたって持続するのに適したグランドセイコーフリースプラング、テンプの振り角が変化しても精度に変化が起きにくい巻き上げひげ、そしてふたつの動力ぜんまいを備えたツインバレルなど、Cal.9SA5の持つ特徴を踏襲。グランドセイコー独自の規格に基づく安定した高い精度とロングパワーリザーブをCal.9SA4においても実現している。
Cal.9SA4とは、単にCal.9SA5を手巻き化したものなのかというと、実はそんなことはない。Cal.9SA4では究極の巻き心地を目指し、巻き上げ時の心地よい感触と音を実現するため、こはぜとこはぜばねの構造が再設計された。加えて巻き上げの負担を減らすために手巻きの輪列も見直され、ベースとなったCal.9SA5に比べて巻き上げ回数を約15%削減した状態にもかかわらず、同等の巻き上げ効果が得られるようになっているという。さらに裏蓋側にCal.9SA5にはなかったパワーリザーブインジケーターを追加したことで、持続時間の残量目安も分かるようになった。
岩手県雫石町にあるグランドセイコースタジオ 雫石。
グランドセイコーの機械式モデルが作られるのは、岩手県の雫石町にあるグランドセイコースタジオ 雫石だ。ブランドではこれまでにも、豊かな自然から得たインスピレーションをそのウォッチメイキングに生かしてきた。もちろん本作においても、そうした表現がディテールに盛り込まれている。たとえば、ムーブメントの受けに施された繊細なストライプ模様は、スタジオ近くを流れる雫石川の流れを表現したものだそうだ。そして、これまでのグランドセイコーには見られなかったような遊び心あふれるディテールを持つ点こそが、Cal.9SA4における最大の見どころとなっている。その詳細については動画のなか
エボリューション9の新機軸となるSLGW003のスタイル
ダイヤルのデザインモチーフである白樺林。
SLGW003は、グランドセイコーのなかでも人気の高い“白樺”ダイヤルシリーズに加わる新しいバリエーションだ。既存の白樺ダイヤルには、自動巻きのCal.9SA5を搭載したSLGH005とスプリングドライブムーブメントのCal.9RA2を搭載したSLGA009がある。
どちらも白樺林を表現したものではあるが、SLGH005は岩手県雫石町の「グランドセイコースタジオ 雫石」、一方のSLGA009はスプリングドライブモデルが作られる長野県塩尻市にある「信州 時の匠工房」の近くに群生する白樺林と、それぞれインスピレーションの源泉は異なる。さらに前者はその力強さをダイナミックな陰影で、後者は静けさを繊細な陰影で表現しており、白樺ダイヤルとひと口に言っても、実は似て非なるダイヤルとなっている。
では、新作となるSLGW003の白樺ダイヤルはどうか。既存モデル(SLGH005とSLGA009)のダイヤルが高く伸びた白樺が奥行きを持って幾重にも林立する光景を縦に走る型打模様で表現したのに対して、SLGW003では凹凸が不規則に連なる白樺の樹皮の美しさを横に走る精緻な型打模様で表現された。同じ白樺モチーフでありながら、こちらも既存モデルのいずれともその表現は異なり、与える印象もずいぶん違っている。
印象が異なるふたつの白樺ダイヤル。写真左は既存モデルのSLGH005、右は新作のSLGW003だ。
加えて言えば、その印象の違いはモチーフの違いだけに起因するものではない。既存の白樺ダイヤルモデルとなるSLGH005とSLGA009は、どちらかと言えば日常的につけられるスポーティな時計として表現されているのに対し、新作はエボリューション9(E9) コレクション共通のデザイン文法である「E9スタイル」に則りつつも、日常的につけられる“ドレスウォッチ”として表現されているのだ。そのため、SLGW003ではインデックスやベゼル、ラグの幅をすっきりと細くするなどデザインを改め、手巻きドレスウォッチとして仕立て直されてた。写真で見比べてみると、その違いがよく分かるだろう。
見た目はもちろん、スペックや使われる素材にもその違いは表れている。まずSLGW003は自動巻きローターがない手巻きゆえに薄くなるのは当然ではあるが、ケース厚は9.95mmと10mmを切る(ちなみにSLGH005のケース厚は11.7mm、SLGA009は11.8mmだ)。手巻きドレスウォッチというスタイルにおいてもE9 コレクションならではの快適な装着性を実現するため、手首にしっかりホールドするように重心は低く設計されている。
さらにケース素材には、通常のチタンと同様の軽さを持ちながら、標準的なステンレススティールよりも約2倍も硬く、傷がつきにくい“ブリリアントハードチタン”を採用する。このチタン素材には一般的なチタンに見られる特有のグレーがかった色味はなく、熟練の研磨師がザラツ研磨を駆使して磨き上げることで上質な輝きを持つ。軽くて美しい、まさにドレスウォッチにふさわしい素材だ。
2017年にグランドセイコーのために開発されたブリリアントハードチタンは、これまで初代グランドセイコー デザイン復刻モデルのSBGW259やKodo コンスタントフォース・トゥールビヨン(SLGT003)などでしか用いられていなかった特別な素材だが、それを本作に採用したということからもブランドの特別な思いが見て取れる。
レザーストラップ仕様のSLGW003ではワンプッシュ3つ折れ方式デプロイメントバックルを採用するが、こちらもケース同様にブリリアントハードチタン製だ。
グランドセイコーらしくも、新たな魅力を示した意欲作
グランドセイコーでは、デザインを規定する独自のデザイン文法であるE9スタイルに則り、審美性、視認性、装着性という3つを軸として時計がデザインされる。要するに美しく、見やすく、つけ心地に優れた時計であることがグランドセイコーであることの必須条件なのだ。SLGW003のスタイルは既存モデルとは異なる部分もあるものの、このE9スタイルに照らし合わせて見れば、間違いなくグランドセイコー“らしい”時計である。
その一方で、一般的なドレスウォッチのデザインコードからすると、SLGW003のそれはずいぶんセオリーとはかけ離れたものと言える。前述のブリリアントハードチタンをはじめ、秒針と分目盛りを持つところや、それこそ白樺ダイヤルのような主張の強い装飾は、数多あるドレスウォッチとは一線を画す要素だろう。そのため、ドレスウォッチという表現にいささか違和感を覚える人は少なくないかもしれない。だが、今回SLGW003の実機レビューを通して感じられたのは“こんなドレスウォッチがあってもいいだろう?”、“これがグランドセイコー流のドレスウォッチなんだ”という、グランドセイコーの作り手たちの思いだ。
グランドセイコーに対して、実用性重視の真面目な時計というイメージを抱く人は多いことだろう。しかしこのSLGW003には、グランドセイコーはそれだけが特徴の時計ではなく、人の感性に訴えかけ心を引き込む、そうしたところもグランドセイコーが持つ側面なのだということを広く示そうという強い意志を感じることができた。ぜひとも動画と合わせて、SLGW003が持つ魅力を読者のみなさんにも感じ取ってもらえたら幸いだ。